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日本語が亡びるとき

日本語が亡びるとき—英語の世紀の中で

水村 美苗

筑摩書房


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現代日本に生きる我々は、書き言葉と話し言葉というのは、同一というか近しいものだと思い込んでいるけれども、古来、その二つは明確に区別されていた。過去の西洋にとっての代表的な書き言葉はラテン語であり、日本にとってのそれは漢文であった。書き言葉の役割は「(広い意味での)学問を記し伝達する」ということであり、知的エスタブリッシュメントが使用するものであった。よって、書き言葉にとって重要なことは、学問的な業績に容易にアクセスできることであり、できるだけ多くの人に読んでもらえることであり、現代においては、世界的に英語が書き言葉として支配する状況になっている。インターネットやITの発達はそれに拍車をかけている。そのような中で、日本語は奇跡的に書き言葉としての地位を確立していた。それは、植民地支配にあわなかった、島国であった、等の幸運にも恵まれたが、漱石や鴎外等の近代文学を確立した偉人の努力にもよるのである。しかし、現在、日本語も他の言語と同じように亡びようとしている。このままでは知識人たちは、英語を主に考えるようになるであろう。日本語の遺産は偉大であり、近代文学を教育に積極的に取り入れることによって、その価値を伝えていくべきと問う。小説家であり、日本近代文学の教師でもある著者の訴えは説得力がある。


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