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もう一つ出番:オルケストル・フランセ・デュ・ジャポン 第6回 定期演奏会

二月はもう一つ出番あります。ババールの2nd+Bassと牝鹿のBass

オルケストル・フランセ・デュ・ジャポン 第6回 定期演奏会

2020年2月22日(土)夜公演
タワーホール船堀 大ホール(都営新宿線船堀駅下車)

●プログラム
プーランク(フランセ編曲):『小象ババールの物語』
プーランク:バレエ音楽『牝鹿』組曲
プーランク:シンフォニエッタ

●指揮
小松 拓人

次の出番:戸塚区民オーケストラ 第32回定期演奏会

ラフマニノフのバスクラリネットを担当します。

日時: 2020年2月16日(日) 開場13:30 開演14:00
場所: 鎌倉芸術館 大ホール
指揮: 井﨑正浩(当団常任指揮者)
演目: 
ラフマニノフ/交響曲第2番
ニールセン/序曲「ヘリオス」
チャイコフスキー/バレエ音楽「眠れる森の美女」より「バラのアダージョ」「ワルツ」ほか

http://orchestra.musicinfo.co.jp/~TRO/docs/00concert_info.html

過去の演奏を(再)公開した

自分はかなり昔から自分の演奏(主にオーケストラのソロ)をインターネットに公開していた。それをまとめなおしてこちら(メニューの”My clarinet recording”)に(再)公開した。始めたころは、まだインターネットの黎明期で、その可能性をいろんな人達が探っていた。これらはそんな時代に、インターネットに音も置いてみようと思って、やったことである。後で結構恥ずかしかったと思ったが、見る人もほとんどいなかったので、それほど気にしてはいなかった。このブログはいろいろなサービスを渡り歩いているので(archiveを見ればわかるが、最初の投稿は1998年11月である)、そのうちにリンク切れしたり、(バックアップしてなくて)音声ファイルが失われたりして、聞くことのできない状態になっていた。しかし、現代はYoutubeやInstagramでプロも普通の人もどんどん演奏動画を公開する時代になった。その変化は驚くべきものだ。そんな時代に自分も、もう一度やってみようと思ったわけである。

再度、公開するにあたって、ファイルの対応が正しいかを確認するために、いくつか自分の演奏を改めて聞くことになった。ひどいな、と思うことも多かったが、なかなかおもしろかった。良くも悪くも、今はもう出すことのできない(少し個性的な)音がそこにはある。うまく説明するのは難しいが、この過去の演奏の中で、一番自分らしいと思うのは、JAO(日本アマチュア・オーケストラ連盟)大阪大会で、西本智実先生に指揮していただいた展覧会の絵である。このころは、自分で言うのもなんだけど、ほぼ思い通りの音が出てた(それが客観的によいかは別問題)。その後、ケガの影響でこのようなfat(あえてrichとはいわないが)なサウンドを出すことはできなくなった。人生で一番評判の良かった演奏は多分、JAO宮崎の不滅なのだが、「当時は全然褒められなかったけど、ケガする前の大阪のほうが全然よかったんだけどな」と自分では思っていた(こうして録音できくと不滅も結構微妙だけど)。

公開するのは、オープン化の精神でもある。プログラムのソースコードを公開するのと同じで、オープンにすると、客観的に自分が見れるし、がんばらなきゃとも思える。いい時代になったのか…は微妙だが。

牝鹿のストラヴィンスキーからの影響について

牝鹿をやるのは久々なのだけど、前からストラヴィンスキーのパロディのような曲だなと思っていた。だから、フランス的にやるべきだみたいな意見には少し違和感があった(フランス的ってなによ?…というのは別エントリで)。プルチネルラの影響は明らかと思われたが、その一方で作曲年代を考えると微妙?どっちが先?となったので確認してみた。

すると、これはWikipediaに載ってる程度の情報だった。「プーランク自身は、チャイコフスキーの『眠りの森の美女』のヴァリアシオン、ストラヴィンスキーの『プルチネルラ』や『マヴラ』の影響を受けたと語っている」だそうな(アンリ・エル『フランシス・プーランク』春秋社、1993年、40-47ページ)。
ちなみに作曲された時期については、以下の順序になる。

1913:春の祭典
1918:兵士の物語
1920:プルチネルラ
1922:マヴラ
1923:牝鹿(バレエ全曲版)
1928:八重奏曲(ストラヴィンスキー)

ストラヴィンスキーが新古典主義に転向してすぐに牝鹿は作曲されている。管楽器の使い方については、兵士の物語やプルチネルラの影響を強く感じる。マヴラは初めて聞いてみたが、確かにこれもよく似た作風である。また、自分はストラヴィンスキーのバレエ音楽の成功にあやかったのかな、と思っていたが、それはちょっと違うようだ。時代の変化にすばやく反応したとも言えるし、新古典主義に非常に共感したということなのだろう。プーランクからしてみれば、自分の性質に近い音楽がでてきて、これだと思ったのかもしれない。しかし、同じ新古典主義でもストラヴィンスキーはかなりエッジの効いた(若干クレイジーな)ラディカルなものになるのに対して、プーランクが書くと随分と角のとれて聞きやすい音楽になるのがおもしろいところだし、プーランクの(良い)個性なのだろう。同じ不協和音を使うのでもプーランクは調性が基本にあってそれを崩すようなやり方だが、ストラヴィンスキーは最初から壊れているというか、ずっと奇妙な使い方がされていると感じる。プーランクには牝鹿以前にそれほど目立った作品はないから、逆にストラヴィンスキーがプーランクの影響を受けた可能性は低そうだ。

次の出番:プーランク 牝鹿

牝鹿のバスクラを担当します。

次の出番:フランク 交響曲ニ短調

担当はフランクのバスクラリネット。2/2に船堀です。

ベルリオーズ:幻想交響曲

昔プログラムに書いた曲目解説シリーズです。


幻想交響曲は、1830年ベルリオーズ27歳のときに作曲された初期ロマン派を代表する表題的交響曲の最初の傑作です。この曲ができる以前は、モーツァルト・ベートーヴェン等が活躍した古典派と呼ばれる時代で、その交響曲には標題や物語はなく、基本的には純粋に音楽を楽しむものでした。しかし、幻想交響曲は、ある芸術家の生涯を表しているとされ、それぞれの楽章には標題が与えられ、表現されている物語の筋書きが作曲者自身によって語られています(以下の楽章の説明はベルリオーズ自身による筋書きを基本にしています)。

「病的に繊細な感受性を持った若い芸術家が、希望のない恋愛によって深い絶望に陥り、アヘン自殺を図る。命を奪うには弱すぎたその薬は、奇怪な幻想を伴う深い眠りへと彼を引き込む。その感覚、情緒や記憶が彼の心を通して、音楽的な思想や観念として現れる」。この物語は、ベルリオーズ自身のシェークスピア女優ハリエット・スミスソンへの激しい愛の感情と失恋がきっかけになって着想されたと言われています。恋する女性は「固定観念」と呼ばれるメロディーを用いて表現されています。このメロディーは第1楽章の序奏の後に、ヴァイオリンとフルートによって提示されますが、各楽章で様々な楽器によって少しずつ(ときにグロテスクに)変化しながら、繰り返され演奏されていき、この曲に統一感と物語性を与える重要な役割を果たしています。

また、ベルリオーズは楽器の使い方も斬新で、色彩感豊かな音楽を作り上げています。第2楽章でのハープや、第3楽章でのイングリッシュ・ホルンのみごとな扱い、第5楽章での変ホ調クラリネットの奇異な音や、鐘、弦を弓の背で打つコル・レーニョ奏法などは、それまでの交響曲では見られないものでした。

第1楽章:夢、情熱 若い芸術家が女性にあこがれ、思い悩むさまが描かれている。ゆったりとしたラルゴではメランコリックな夢が実現され、快速なアレグロでは狂おしい情熱、激情、嫉妬が展開された後、優しさ、涙、宗教的な慰めがもどる。

第2楽章:舞踏会 賑やかな舞踏会でワルツを踊るあこがれの女性。会場においても、自然の美しさを静かに瞑想するときにも、愛する女性のイメージが現れて芸術家を悩ませる。

第3楽章:野の風景 夕方、田舎で二人の羊飼いが笛で吹く牧歌を聞き、希望がめばえる。しかし、彼女に見捨てられる不安にもかられる。終わりに羊飼いのひとりが再び笛をふくが、もう返答はない。そして、雷鳴、孤独、静寂。

第4楽章:断頭台への行進 失恋した芸術家は悲観してアヘンを飲み、奇怪な夢を見る。夢の中で彼は恋人を殺し、死刑を宣告されて断頭台にひかれていく。行進曲の終わりに彼女へのあこがれの旋律が登場するが、とどめの一撃によって断ち切られる。

第5楽章:サバト(ワルプルギス)の夜の夢 芸術家は自分の葬式に集まった幽霊、魔女、怪物たちの真っ只中にいる。不気味なうめき声、哄笑の中、愛しい旋律が再び現れるが、それは今や高貴さや恥じらいを失い、グロテスクな踊りの曲に変わり果てている。彼女は悪魔の饗宴に参加する。葬式の鐘、教会での死の儀式を表す旋律である「怒りの日」が聞こえ、魔女たちが輪舞を踊り、これらが一体化して全楽器によるクライマックスを迎える。

相模原シティオペラのガラ・コンサートに参加します

クラリネットの1stを担当します。オペラ・アリアは歌との絡みもありなかなか楽しいです。

2018年4月15日 オペラ ガラコンサート

【公演日時】

2018年 4月15日(日)
15:00 開演 ( 14:30 開場 )

【会場】

相模原南市民ホール

— 読み進める sagamiharacityopera.wordpress.com/opera gara

戸塚区民オーケストラで悲愴やります

悲愴の1stです。

シャブリエ:田園組曲

昔書いた解説シリーズ。20171月のOFJ第三回定期演奏会でのシャブリエ:田園組曲の解説になります。

シャブリエは、1841年にフランス中南部のオーヴェルニュ地方のアンベールに生まれた。幼いころから音楽の才能を発揮したものの、父親の強い勧めもあり、40歳近くまで内務省に就職し公務員としての仕事をしながら、フォーレ等の作曲家と親交を持ち作曲活動を続けた。アマチュアのオーケストラや吹奏楽でもよく演奏される、狂詩曲「スペイン」の作曲家として知られているが、後世のフランス音楽に与えた影響は大きく、ラヴェルも影響を受けた作曲家として、モーツァルト等に加えてシャブリエの名を挙げており、「シャブリエ風に」というピアノ作品も残している。

この田園組曲は、1880年に作曲されたピアノ曲「10の絵画風商品」の中の4曲を1888年に自分自身でオーケストレーションした作品である。この1880年とはシャブリエが、ワーグナーの歌劇「トリスタンとイゾルデ」にミュンヘンで接した年であり、そこで強い印象を受け、プロの作曲家として生きる道を選んだた言われている。この頃は、ワーグナーの音楽がヨーロッパを席巻し、絶大な影響力を持っていた時代であり、フランスもその例外ではなかった。そんな時代に、この田園組曲には、美しくわかりやすい旋律や、イマジネーション豊かな和声、新鮮な驚きや詩情に満ちあふれており、シャブリエの音楽の個性が存分に発揮され、19世紀後半のフランスにおけるドイツ音楽の覇権を打ち破る端緒を開いたと言ってもよいであろう。曲は、プーランクに作曲家になる決心をさせたと言われる美しい「牧歌」から始まり、クラリネットの印象的な旋律で開始される鮮やかな「村の踊り」、後のドビュッシーの音楽を思い起こさせるような繊細な「森のなかで」と続き、「スケルツォ・ヴァルス」によって華々しく締めくくられる。木管楽器の美しさや機動力を存分に発揮させた佳曲でもある。(@gg_szk

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